角川書店 短歌 これまで雑誌に発表してきた発表作品・鑑賞文を紹介します 現代短歌 歌人 北久保まりこ

北久保まりこ プロフィール

北久保まりこ

東京都生まれ
東京都三鷹市在住
日本文藝家協会会員
日本PENクラブ会員
現代歌人協会会員
日本歌人クラブ会員
心の花会員
Tanka Online Project
Tanka Society of America

北久保まりこ

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歌人  北久保まりこ
短歌  角川書店

短歌  角川書店
これまで発表してきた、短歌・鑑賞文などを発表します。

送り火のけむりのゆくへ 暫くは閉ざさずにをり世と世のさかひ
亡き星の光もとどく甲板に祖(おや)たちの声聞く神無月
海いくつ越え来たりしや猛禽の横顔透けるアラビアの札
やつてゐる店二つ三つくたびれしディルハム紙幣と行く一人旅
リスボンの友と呑むvinho(さけ)切支丹なりし先祖も共にゐるらし
宣教の孤独のいかに深からむ 大西洋があまりに青し
バカリャウのグラタン旨し海沿ひに南蛮渡来めく鱈の味

森をなすひと本の樹に迷ひたり 幾世のむかし幾世のみらい
鎮もれる樹下に眼を閉づバニヤンの幹が根になり根が幹になる
退化せし耳を覚まさむ 古代より巡りめぐれる樹木の時間
森に息あはせ瞑(ねむ)りぬ朱き実を少しくこぼすバニヤンの神
逝きかはり生まれかはりて今の世に踏む土インド、マハーラーシュトラ
ガンジスに浄められたりし魂か梁に一匹休める蛍
ジャカランダよりも愛(かな)しく落葉を眺めつ やがて子が親になる

 

深海のごときしづけさ梗塞の波くりかへす わが心電図
奔流になり一心に生きむかないづれ河口に放たるるまで
まだ青き実も売られゐし山葡萄 子が父親になると告げたり
重力をとかれし時間まどろみが二重螺旋をゆたゆたくだる
覚まさるる妙なる眠り曽祖父の懐中時計の発条まけば
国境を越ゆる心に藍澄めり 旅人のまま死なむとおもふ
一本に非ず無限にあるらしき時間軸アインシュタインが笑む

 

透明な碧(あを)をもつとも好みゐつ原子炉内に視らるるまでは
懐かしき空と海とがとほくなる チェレンコフ光の底知れぬ青
食はざれば生きられぬ世を生かさるるわれらに何を試し賜ふや
夢などを語りし日あり 今はもう亡いかもしれぬベテルギウスよ
宙(そら)からの石の落下を防ぐ術もたずわれらも太古の竜も
復活祭 Hump・ty-Dump・ty くり返すヒトが負ふべき十字架のもと
恒星が沈黙をする 神神の油時計のさいごのしづく

 

火の中に笑ふ顔見き悪神か亡母か己かさだかならねど
こころ病む人を想へばわがうちに育ち始めぬ角もつ子馬
躁鬱の大き振り子の空色を観てしまひたり君の吊り床(hammock)
癒されし瞳の藍に映りしは女神に非ず ただ女なり
しばらくをならぶ楓でをりませう愛ゆゑ互ひを危めぬやうに
このおもき一生(ひとよ)なげうつためなるや夜に入り滝のいきほふばかり
隠り世の使ひなるらむゆふらりと子馬に翼さづけに降りる

 

越南の少女は笑めり「洗骨の習はしがまだのこつてゐます」
山祇(やまつみ)に見守られをり 柔らかき地に眠りゐし骨を洗ふ手
幾重にもひかり奏でし水の紋 生死はゆるゆるまぎれゆくなり
煩悩を脱ぎ去る順を待ちゐるや骨たちは死の後を生きつつ
燐の火の隠れしあたり姫菱が小さき刺もつ果実を結ぶ
亡母を思へば肺のあひだの暗がりにみちて来りぬ水のあかりは
月光にたつ虹淡しわたくしに降り止まざりき洗骨の文字

 

木より生与へられゐてわれも生木に与へたりセコイアの森

この森を危めたくなし明け方の霧のわく音木のねむる音
露まとひ鎮もる下枝ひんやりと三千年の巨木は立ちぬ
頂から吹き下ろす風 赤杉の神がゆるゆる眼ひらくや
その瀬音幹にかそけし逆らはず争ひもせぬ千の年月
細胞の内に緑雨の気は充ちぬ仙女になりてしまひたくなる
潤へる樹樹の時間をありがたうカタバミの花供へて帰る

 

山の靄にひたりしわれは樹となりて立てり はるけき水鹿の声
われの手も足も小さくなり果てぬ竜のうろこの跡を追ひきて
微睡みの中に食むごと蓮霧(リェンム)なる果実はゆるき甘さをのこす
昼の渓夜より深しとろとろとかじかねむるか明るむあたり
水滴の水面にふれて交ざり合ひ川としてゆくこれより先は
水鹿の耳にて聴かむこれまでにききしものの音ぬぐへる瀑布
丹田に長く仕舞ひてゐしことも放たむか ゆるる青柳の枝
七十年前の少女も笑みゐたりタイヤル族のヤン婆の眼に
(タイヤル族:機織技術に優れた台湾原住の人々)

 

熊蝉と沢の蛙の住む処 だれもわたしを知らないところ
からまりし金糸ほどけぬ二万キロの星座空間メールにうめつ
くり返し悲しき夢をみぬやうに紅色匂玉(べにいろまがたま) 手首に下げる
雨の浜も悪くはないね真黒なラブラドオルに耳うちをする
柚子の皮すりおろされて香りたつわたしもこんな風ならいいな
右足の爪先ばかりつまづくはたぶん左と気まづいからか
脱走を遂げし男よ押しかへす風よりも沖の光のやうだ
皿洗ふ音聞きながら皿洗ふもう割らないわもうをはらない

 

住み着いてしまひたくなるこの森に雨しみとほりまた朝がくる
雨を呼び雨に応ふるものの声わたしのなかに居るもう一人
すがた無き琴鳥が鳴くステテシマヘステテシマヘヨヒトノヨナンカ
少しづつ育ちゆくものわがうちに回転をする光をはなつ
その傷のふかさは知らぬままでよい しづかに問ひぬ角砂糖の数
見下ろせど落ちゆく先の視えぬ滝 何の実の毒かわれにまはりし
ゴンドワナ大陸なりしころの風おもはせて響く祖(おや)たちの笛
わが殻を破りてゆかむもう一度生まれてごらんと声がきこえる