ながらみ書房 短歌往来 これまで雑誌に発表してきた発表作品・鑑賞文を紹介します 現代短歌 歌人 北久保まりこ

北久保まりこ プロフィール

北久保まりこ

東京都生まれ
東京都三鷹市在住
日本文藝家協会会員
日本PENクラブ会員
現代歌人協会会員
日本歌人クラブ会員
心の花会員
Tanka Online Project
Tanka Society of America

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北久保まりこ

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歌人  北久保まりこ
ながらみ書房  短歌往来

ながらみ書房  短歌往来
これまで発表してきた、短歌・鑑賞文などを発表します。

大地よりたち昇る虹アフリカの神に召されて友逝き賜ふ

黒豹のラベルでしたか セレンゲティビールで乾杯いたしましたね

水星と冥王星がむかひあふ 肩に鱗粉降り止まぬ夜

香りたつ丸太あまたに組まれをり棺を包む聖なる炎

スワヒリ語に唄はるる歌かなしみが部族を超えて囲む大き火

終(つひ)の旅心細くはあるまいか 沙の上(へ)の灰風のまにまに

自らが果てしを知らぬ魂の灯るがに咲く源平葛

雨季前に注がるる空 タンザニアの光は永久の祈りのために

熊蝉の声が降るなり菩提樹にかくまはれたる黄泉の子供ら
採血のあとに沁む汗 ヒロシマの眼のない顔がわれを視てゐる
硝煙の街に迷へる亡父のため呼び寄せてをり遠き稲妻
亡母は今いづこのそらを照らすらむ地上にめぐる十三の秋
おそらくは今年最後のカナカナが亡母を伴ふ 濡れ縁の椅子
樹木葬をかたる涼しさ屠られしものを喰らはぬ人の唇
木の葉木菟鳴くを待ちゐつ わたくしの灰吹かれゆくだらう山の端
うつしみを離れしのちの魂を追ふや蛍がきえては灯る

ひと群れの威風がこちらへやつて来る陽炎のなか子象も混じる
いかにして気付きたりしや彼の死を ばふはりと揺るる象の片耳
たましひの在り処を思ふ 離れゐしものの最期を知る夜の象
まとひ来し埃ひかりぬ二十キロの道のりののち象休みをり
媒体となる某か容なき伝達のすべ象に継がれぬ
永遠を信じたくなるアカシアの傍に親子の象を見し午後
文明よ哀しくないか草原にヒトの無力を振りかざしゐて
サバンナの匂ひ忘れし身を晒す PM 2.5の砂嵐

 
*ローレンスアンソニー氏 (1950-2012)
バグダッドで動物を懸命に救済、また自ら所有するアフリカの広大な地を傷付いた動物達の安住の地として提供した
環境保護活動家。

黒黒と土は黙せり枯れ果てし密林に神はゐたのだらうか
空芯菜(クウシンサイ)油炒めを食む真昼とほく農夫が火を焚いてゐる
郷愁へつづく煙景 水田に砂の色せる水牛の角
その後をながらへし老いの両の手にドリアン暗く熟れるヴェトナム
ゆふづつを観むとて出でつ古き血の匂ひは露地にふくらみにけり
流されず過去はしづみぬ 天の川寝釈迦のやうに映せるメコン
ささやかなひと時なるらむ現世は 岸辺に消えし蛍帰らず

 

下龍(ハローン)湾と湾内の石灰洞・四首
漏刻の主は女神か石筍の細き少年育まれゐつ
石灰洞に昔の時のよどむらし微睡んでゐる羊歯のひと群れ
下龍(ハローン)は霧を産む湾いにしへの銀の鱗をどこかに匿す
海上にカルストそびゆ深林を追はれし神をたづね来れば
遠目には頭骨めける山売りのジャックフルーツ 地平の埃
微かなる叫びを空に聴きたるや海鳥の羽に裂かれゆくとき
野良仕事帰りの黄牛五六頭のおたりのおたり車道をゆきぬ
隠りゐし霊いくたりか目覚めたりぬるき湿度が川面におりる
いつからか懐かしく見ゆる蛍なりわが守りたきものを無くして

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水溜りから雲が出てゆくやうにしてあの朝父は居なくなりたり
そんなこと取るに足らぬとボサノバが耳たぶのへりをすべりてゆきぬ
たかだかと掲げられゐし肩車だれなりしやあのおほきなる手は
すもも酒 夜ごと夜ごとに赤くなれ母体にまろくわらべは肥ゆ
生まれ出でたしと思はずただ生まれ出でたるままに魚の泳ぐ
ねぇといふ声の届いてゐた頃を思ひ出させるこんな晴れの日
水風船ひとつふたつとつきたる日父も母もゐきひかりのなかに
照り陰るひとの心のいく襞をこゆればたどり着けるだらうか
たわい無きやりとりののち癒えゆきて駆けてかへらむからつぽの空
久びさにささくれ痛し天上のわが父母は笑みたまふらし
戯言のごときくりごと自らの死にも気付かず揺り椅子ゆらす
父を歌ふことを休まむ今日ひと夜父をもつ子のふりして眠る
百年後のわたしを掬ひあげてゐる両手に一杯の熱もてる砂

 

をはらない夏のけだるさ夜の水は拭はぬままに光らせておく
密にして茂るままの木したにてわれに宿るや夏の夜のみづ
茉莉花(まつりくわ)のかをりたちくる夜の坂ひとりの時は神もつやめく
まとひつく昨夜(よべ)の風ありまだわれは決めかねてをりみづの行方を
分け入るをアヅマネ笹は拒めるに野の双眼のわれに戻り来
想ひとげず逝きたる人のこゑかとも指のかたちに咲くグロリオサ
眼うらに光のこしてもう見えぬ谷の魚よ 恋のようなり
スコールを受くべし両の胸うちにアジアの土よアジアの幹よ
すれ違ひし黒衣の妊婦ひだる神なりしかやはく海のかをりす
わがうちの谷川に落つる滝ひとつのこしてゆきし君といふ人
ゆうらりと光を胎む水中の亡き母に問ひたき鈍色の闇
あの世とはどの世なるらむこの世との境のふいに曖昧となる
短命と言はれゐしわが手のひらに野薊の棘の刺さる快感

 

巨いなる砂の時計に迷ふごとときをり砂の数多降り来ぬ
流星の余韻しいんと冷えわたりわれも時間もみえなくなりぬ
たたなはる時の風紋のてりかげりうしなはれゆく記憶の蛇行
砂山に足をとられてはためける布の一部になりたり我は
風紋にひかりのうねり もう二度と思ひ出されぬだれかの名前
まつすぐな欅並木のその果てにベージュにけむる死・・・のやうなもの
現身とへだてなく死を思ふとき土埃して過去おしよせぬ
「おほむかしあなたは海だつたのでせう」細胞のなかにさわぐ水たち
砂嵐ひとつでわれの虹までも奪はれることいとも容易し
アンダンテ・カンタービレを聴きながら羽化してみたし雨あがる夜
ちぢみたる羽をのばしてゆく時間はばたく時間 弦楽のやう
とまらないかなしみの水 わたくしを保つさいごの弁かもしれず
癒えぬままむかへる春に微かなれどなにかうつろひゆくを予感す

 

椰子よりもバナナの多く見えはじめ村近付きぬ 赤土の道
ゆっくりと過ぎてゆく時間 老人は木下の椅子で手をふりており
訪れし小学校の校庭にわれの両手をうばいあう子ら
ルカニの夜あふるる星座それぞれに奏でていたり聖霊のこえ
いくつかは星残りたる夜明け前 ルカニの空の霧のしずけさ
チャパティとチャイ * に始まる村の朝 霧のむこうの牡牛の声
市場にてカンガ ** を値切る村人の群れのひとりにまぎれていたり
イモ、キャベツ、バケツに笑顔はずみたり市場帰りの荷台のうえで
荷台にて手をふるわれに走りよる村の子供ら星の子のよう
バナナの葉ぱらぱらならす風の窓「元気でいます。タンザニアにて」
やわらかくおもく眠りにおちる時 星のてまえで椰子の葉そよぐ
なつきたり痩せ犬村を去る朝もくびかしげつつ我を見ている
頂はジュラルミン色のキリマンジェロ荷台より見る村を去る朝
花も樹も人も家畜も土くさく生まれしままにうつくしかりき
靴うらの赤土はあえて落とさずに旅のおわりの段をくだりぬ
*  チャパティとチャイ:クレープとミルクティ
** カンガ:パレオのように巻き付けて着る布

 
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