歌人 北久保まりこ
短歌 角川書店
短歌 角川書店
これまで発表してきた、短歌・鑑賞文などを発表します。
角川短歌年鑑に、本年度も自選作品をご掲載頂きました。
心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
角川短歌6月号より。
もう居ない幼気な汝に会ふためにロンドはめぐる回転木馬
何と言ふ坂だつたらうまだ若き母と遊びし影踏みの坂
花霞む堤につづく隠り世か 縄文人も視し雨後の空
逝き様が生き様ならんジャン=リュック・ゴダールが示したりし選択
モーイーヨと返す声亡きかくれんぼ 何年待つやAIの鬼
角川書店『短歌』2023年10月号、連載 第九回「嗜好品のささやき」にミニエッセイと短歌をご掲載頂きました。ありがとうございました。
巻末連載
第九回 嗜好品のささやき
「おもいで」
北久保まりこ
酌み交はす和やかな輪に旅立ちし人も加はる信濃追分
しなの鉄道の小さな駅から散歩がてら行った所に、ひっそりとした蕎麦屋がある。 お姉さんに、胡桃蕎麦と冷酒をたのむと「明鏡止水、ありますよ」。無愛想ながら私の好みを覚えていた。 静かに注がれ、表面張力をこえるまでを見守るのが好きだ。
別荘からいらした小説家のK先生と、ここでばったりお会いした夏が過る。 赤ワインを嗜み、九十の坂を超えて尚健筆を揮っておいでだった。 ひんやりと爽やかな味わ いが、世の隔て無く懐かしい方々を連れてくる。
5月25日発売の角川書店 月刊『短歌』6月号に、新作が掲載されました。
心より御礼申し上げます。
「AIの鬼」
・もう居ない幼気な汝に会ふためにロンドはめぐる回転木馬
・何と言ふ坂だつたらうまだ若き母と遊びし影踏みの坂
・臨終を知らせしごとき着信音二回の後の 闇の底無し
・花霞む堤につづく隠り世か 縄文人も視し雨後の空
・逝き様が生き様ならんジャン=リュック・ゴダールが示したりし選択
・モーイーヨと返す声亡(な)きかくれんぼ 何年待つやAIの鬼
・視らるるを識らぬ安らぎ 紫にオオヤマザクラの実の熟すなり
令和5年版 角川『短歌年鑑』、「自選作品集」にご掲載賜り、大変光栄なことと存じます。
ありがとうございました。
作品は2021年、いりの舎『うた新聞』霜月作品集にご依頼頂きました連作「かくし神」です。
かくし神
・立夏より立秋愛(かな)し 病弱な母が私を産みたりし秋
・勾玉はいのちのかたち縄文の翡翠にやどる姫川の祇
・隠し神雲に触れしか 大いなる指紋をのこす秋空の青
・アキアカネ肩に休ませ石仏が観音原に頬杖をつく
・かくし神あらば守りの神あらむ 山路をてらす良寛の月
はや3年目も暮れようとする国境の無い病魔との奮闘に加え、戦、それに纏る物価高騰と、度重なる災いに見舞われる今、生き延びようとする生き物、種としての、本来の適応力が問われていると感じます。
柔軟さ、忍耐強さと感謝を忘れず、新たなる歳を迎えたく存じます。
本日(2月25日)発売の角川書店『短歌』3月号にご依頼頂きました書評が掲載されました。
心より御礼申し上げます。
大津仁昭歌集 『天使の課題』書評
北久保まりこ
『天使の課題』は、二〇一八年春から二〇二一年春までの作品四百二首が収められた、大津仁昭の第八歌集である。
扉を開くと、現実の世界をはるかに超えた詩的な作品が、次々にあらわれた。
最終の輪廻の果てや初夏(はつなつ)の浜辺隣に誰の影ある
わが身にも未知の星雲渦巻きて夜ごと清(さや)かに流星放つ
筆者の意識は、いつしか滑らかな流体となり、幻想の宇宙へと引き込まれる。
陽光に家族並びぬ われ以外みな影もたず冥界も春
鏡から過去の人々あふれ来て冥界の裁きなどわれに告げにき
池の面(も)に蓮の枯葉が残りをり昔乗りしは胎児のわれか
輪廻の途上なのか、「家族」、「過去の人々」、「胎児のわれ」の輪郭は、みな朧げである。
読む程に、思考の大半は形而上学的な概念で占められてゆく。心情が波立つ一方で、半ばそれを楽しみ、侵蝕を許している自分がいた。
朝に無く夜(よ)にのみ見えし洋菓子屋 今も名のなき幼児のよすが
バスに乗り幼児の影が通ふ夜の池のほとりに光る病院
幾度か登場する「幼児」も、体温を感じさせぬ、霊の存在である。
星と夏互(かたみ)に言葉響きをり人語以外の祭さへ見き
漢文の返り点すべて消し去ればそのまま遠き砂漠の言語
異次元を、自在に行き来しつつ発せられる「言葉」や「言語」は、他ならぬ作者の声と重なる。
読む者への視線を感じさせる幾首かには、寺山の影響が垣間見えた。
硝子戸の外に眼窩の浮かぶ夜どんな供養をすべきだらうか
祭礼の見世物小屋は若葉陰 擬態の蛇はどこに潜むや
「反歌」で締め、あとがきに「この「物語」」と記されている。長編の詩のような旋律が、常に根底に流れていた由縁は、こうした意図からだと腑に落ちた。
作者と乗り合わせた、車輪の無い列車を下りると、太陽系第三惑星の北半球は春。
春さなか公転止めて星かをる千年前の風ももろとも
人類がおよそ男女に分かれける前の入江の夜静かなり
帯に込められた願い通り「萌芽」は外界へと旅立ち、別の大地に生きる者の心へ、確かに届くことだろう。
鈴生りになりて聴きゐし三号館 幸綱先生最終講義 |
送り火のけむりのゆくへ 暫くは閉ざさずにをり世と世のさかひ |
森をなすひと本の樹に迷ひたり 幾世のむかし幾世のみらい |
深海のごときしづけさ梗塞の波くりかへす わが心電図 |
透明な碧(あを)をもつとも好みゐつ原子炉内に視らるるまでは |
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