ながらみ書房 短歌往来 これまで雑誌に発表してきた発表作品・鑑賞文を紹介します 現代短歌 歌人 北久保まりこ

北久保まりこ プロフィール

北久保まりこ

東京都生まれ
東京都三鷹市在住
日本文藝家協会会員
日本PENクラブ会員
現代歌人協会会員
日本歌人クラブ会員
心の花会員
Tanka Online Project
Tanka Society of America

和英短歌朗読15周年記念動画
新作英文短歌
Spoken World Live発表作品

北久保まりこ

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歌人  北久保まりこ
ながらみ書房  短歌往来

ながらみ書房  短歌往来
これまで発表してきた、短歌・鑑賞文などを発表します。

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三毛ちやんと呼びし誰かに救はれぬ濁流に呑まれたりし夏の日
先代の爪研ぎし跡のあるあたり和室のすみに落ち着きにけり  
相伴にあづかれる幸 マヨネーズちよいとかかりし鰹のタタキ 
爪切りが苦手なれどもその後のおやつ乙なり煮干しがかをる
叱りつつ皆笑ひたり父さまのグランド・ピアノの部屋に眠れば 
このところ頻繁に聞く獣の名 巨体なるらしキンキュージタイ 
病院とおんなじ臭ひ 耳慣れぬ人声響く廊下を恐る 
大好きな姉さま乗せて走り去るサイレン憎し土砂降りの夜  
天窓に銀砂となりてそそぐ月 主無き部屋ガランと広し 
幾晩を経しやわが身も熱を帯び震へ止まざる身をまるめゐつ
時間とは如何なる流れ 懐かしき笑みをやうやくつくりし主 
このまんま命果てても構はない この手の内がわたくしの家 

 

 十九年前、わが家にやって来た鯖白の猫に、ポレポレと名付けた。スワヒリ語で〈 ゆっくり 〉という意味である。彼女は、私に抱かれていれば上機嫌だ。宅配業者のお姉さんにも人懐こく擦り寄り、「ワンちゃんみたいな猫ですね。」とウケが良い。

 個性豊かなペットに、飼い主の私はどんな風に映っているのだろう。猫の目で見る小宇宙を覗くと、思った以上に面白く、不覚にもどっぷりと嵌ってしまった。これが、〔猫による短歌で綴る物語〕が生れた経緯である。

 さっきまでソファで寝ていた話題の主が、欠伸をして膝に乗って来ようとしている。これからも、名前の通り急がずに、与えられた時間を健やかに生きてほしい。

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忘却の橋の袂にさしかかる友よ貴方が消えてゆく春
痴呆とは死に似し病 気付かれず列車の席からゐなくなる人    
忘れたきこと多かりし人の世に安らかなるか病める海馬は
春嵐あばれ止まざる夜の川 免れたりし自害の記憶
万物の流転唱へし人が視し古代ギリシャの神殿の空  
森の日日懐かしむらしエンタシスの並木ほのかに芳る斑鳩  
香ばしき海南鶏飯(ハイナンチーファン)まもる者一人増えたる子の台所
骨白くあらはにさるる日を思ふ子らのその後を思ふ円位忌  

ながらみ書房 様 『短歌往来』9月号へのご依頼、ありがとうございました。

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地下茎の鼓動の深さイヌシダよ古生代にも雨期は有りしか
緑青色のマスクを呉れし小さき手 生き継がれたる命のゆくへ
太陽系第三惑星いにしへの大海に祖の生まれしところ
恐らくは自然淘汰をされてゆくダーウィニズムの大河の滴
アルコール消毒に負け血が滲むわが生命線 しつかり生きろ
その母も孤独なるらむ予言せしアビギャ少年に吹くモンスーン
明滅の痕跡がやがてさらさるる我らの生きた時の地層に
神の視点いづこにありや宇宙(おほぞら)の彼方にひとつ青き迷ひ星

ながらみ書房 『短歌往来』様よりご依頼いただきました。ありがとうございます。

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<ブルガリア>
時空の旅BULGARIA


北久保まりこ

天穹に風が鳴るなり 古代ローマ遺跡にそよぐ薔薇の紫
滑らかな轍撫でたき石の道炉単打・セント・ゲオルギ聖堂
ディル薫るヨーグルトスープ塩味の旨さに通ふスラヴ語の店
噴水が陽を集めをり ソフィア市内古代セルディカ浴場の跡
コンスタンティヌスも好みし温泉水飲んでみむとて市民にまじる

昨年2019年は、日本とブルガリアの文化交流開始100周年、外交関係樹立80周年、そして外交関係再開60周年にあたる記念すべき年だった。私は首都ソフィア出身の歌人イリヤナ・ストヤノヴァ氏の要請を受け、和英短歌朗読をするため彼の地へ赴くことになった。直前にポルトガルで仕事があったので、リスボン経由での入国。楽器と着物一式計40キロの振り分け荷物という、いつもながらの一人珍道中である。

初秋の爽やかな天候に恵まれ、大使館主催の企画や市立図書館での文学イベントにて、多くの聴衆にパフォーマンスを体感して頂き幸いだった。都会の中心に遺跡が多く、古代と現代が混在する不思議な魅力あふれる地、是非またゆっくりと訪れたい。

無人駅信濃追分から歩く 君がゐたころのやうな冬晴れ
亡くしたるのちに気付けりあの人ともつと話しておけば良かつた
愛想無き姉さんが良し 中山道追分宿に新蕎麦を噛む
迷ひ入る枝道野道獣道小さきも混じる猪(しし)の足跡
六十年ひとめぐりらし 懐かしき人亡き原に佇むごとし
宙(おほぞら)に妙なる均の保たれぬ乗りてもみたき彗星軌道

<エッセイ>
本年還暦を迎えるが、六十年もの歳月を過ごしてきた実感は無い。前回年女だった折、人生の半ばを超えたのに、成し遂げたい事のごく一部しか手掛けていないと嘆いた。あれから十二年、短歌を世界に紹介するため、三十七都市で和英朗読をしてきたが、まだまだ未熟者である。これからも日々感謝を忘れず、精進を重ねたい。

大地よりたち昇る虹アフリカの神に召されて友逝き賜ふ
黒豹のラベルでしたか セレンゲティビールで乾杯いたしましたね
水星と冥王星がむかひあふ 肩に鱗粉降り止まぬ夜
香りたつ丸太あまたに組まれをり棺を包む聖なる炎
スワヒリ語に唄はるる歌かなしみが部族を超えて囲む大き火
終(つひ)の旅心細くはあるまいか 沙の上(へ)の灰風のまにまに
自らが果てしを知らぬ魂の灯るがに咲く源平葛
雨季前に注がるる空 タンザニアの光は永久の祈りのために

熊蝉の声が降るなり菩提樹にかくまはれたる黄泉の子供ら
採血のあとに沁む汗 ヒロシマの眼のない顔がわれを視てゐる
硝煙の街に迷へる亡父のため呼び寄せてをり遠き稲妻
亡母は今いづこのそらを照らすらむ地上にめぐる十三の秋
おそらくは今年最後のカナカナが亡母を伴ふ 濡れ縁の椅子
樹木葬をかたる涼しさ屠られしものを喰らはぬ人の唇
木の葉木菟鳴くを待ちゐつ わたくしの灰吹かれゆくだらう山の端
うつしみを離れしのちの魂を追ふや蛍がきえては灯る

ひと群れの威風がこちらへやつて来る陽炎のなか子象も混じる
いかにして気付きたりしや彼の死を ばふはりと揺るる象の片耳
たましひの在り処を思ふ 離れゐしものの最期を知る夜の象
まとひ来し埃ひかりぬ二十キロの道のりののち象休みをり
媒体となる某か容なき伝達のすべ象に継がれぬ
永遠を信じたくなるアカシアの傍に親子の象を見し午後
文明よ哀しくないか草原にヒトの無力を振りかざしゐて
サバンナの匂ひ忘れし身を晒す PM 2.5の砂嵐

 
*ローレンスアンソニー氏 (1950-2012)
バグダッドで動物を懸命に救済、また自ら所有するアフリカの広大な地を傷付いた動物達の安住の地として提供した
環境保護活動家。

黒黒と土は黙せり枯れ果てし密林に神はゐたのだらうか
空芯菜(クウシンサイ)油炒めを食む真昼とほく農夫が火を焚いてゐる
郷愁へつづく煙景 水田に砂の色せる水牛の角
その後をながらへし老いの両の手にドリアン暗く熟れるヴェトナム
ゆふづつを観むとて出でつ古き血の匂ひは露地にふくらみにけり
流されず過去はしづみぬ 天の川寝釈迦のやうに映せるメコン
ささやかなひと時なるらむ現世は 岸辺に消えし蛍帰らず

 

下龍(ハローン)湾と湾内の石灰洞・四首
漏刻の主は女神か石筍の細き少年育まれゐつ
石灰洞に昔の時のよどむらし微睡んでゐる羊歯のひと群れ
下龍(ハローン)は霧を産む湾いにしへの銀の鱗をどこかに匿す
海上にカルストそびゆ深林を追はれし神をたづね来れば
遠目には頭骨めける山売りのジャックフルーツ 地平の埃
微かなる叫びを空に聴きたるや海鳥の羽に裂かれゆくとき
野良仕事帰りの黄牛五六頭のおたりのおたり車道をゆきぬ
隠りゐし霊いくたりか目覚めたりぬるき湿度が川面におりる
いつからか懐かしく見ゆる蛍なりわが守りたきものを無くして

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水溜りから雲が出てゆくやうにしてあの朝父は居なくなりたり
そんなこと取るに足らぬとボサノバが耳たぶのへりをすべりてゆきぬ
たかだかと掲げられゐし肩車だれなりしやあのおほきなる手は
すもも酒 夜ごと夜ごとに赤くなれ母体にまろくわらべは肥ゆ
生まれ出でたしと思はずただ生まれ出でたるままに魚の泳ぐ
ねぇといふ声の届いてゐた頃を思ひ出させるこんな晴れの日
水風船ひとつふたつとつきたる日父も母もゐきひかりのなかに
照り陰るひとの心のいく襞をこゆればたどり着けるだらうか
たわい無きやりとりののち癒えゆきて駆けてかへらむからつぽの空
久びさにささくれ痛し天上のわが父母は笑みたまふらし
戯言のごときくりごと自らの死にも気付かず揺り椅子ゆらす
父を歌ふことを休まむ今日ひと夜父をもつ子のふりして眠る
百年後のわたしを掬ひあげてゐる両手に一杯の熱もてる砂