歌人 北久保まりこ
短歌研究
短歌研究
これまで発表してきた、短歌・鑑賞文などを発表します。
『短歌研究』5月6月合併号 300歌人の新作作品集「2024年のうた」のご依頼を賜りました。
大変光栄に存じます。
ありがとうございました。
300歌人の新作作品集 「2024年のうた」
北久保まりこ
百歳の猫
猫として生まれしポレが丸くなる 種へのへだたりの曖昧な午後
祖先より何千世代の旅のはて喉を鳴らせり百歳の猫
猫とゐる背にそそぐ陽のおだやかさたもちたしわれ一人のときも
永遠にをはりは在るか 長椅子に旅立ちまでの時のおくゆき
泣く膝に静かに触れし肉球の沁みゐる夕べ もう一度泣く
短歌研究社様より書評のご依頼を賜り、『短歌研究』2月号にご掲載頂きました。
歌集『さらさらと永久』書評 三十一文字のアリア
北久保まりこ
『さらさらと永久』は「玲瓏」編集委員「短歌人」同人、山科真白の第二歌集である。
地球全土が未知の感染症に見舞われ、各地で夥しい数の死者がでた悪夢のような一時代が過ぎた。これはその間の作品をまとめた一冊である。出口の見えぬトンネルに置き去りにされた人間の孤独を、独自の感性で紡がれた独唱曲(アリア)のような歌で表現している。筆者も同時期に英語の連作集を編んだので、著者の心持ちを身近なものとして捉えることができた。
・せつなからこぼれた雪のやうにほら、とても綺麗で儚くて、今
・おづおづと差し出す櫂の手触りを彼岸に残しわたしはひとり
・シーソーの片方だけが地に付いてだあれもゐない午後の公園
・しよぼくれたわたしの影の不格好 つまりあなたがゐない世界だ
個性的な言葉選びによって展開される物語に、読者を引き込み手放さぬ詠力に長けている。
灯された生(せい)の火が、いつ消されてもおかしくないと日に幾度も過るとき、人は目に見えぬ大いなるものの在り処を求めるのかもしれない。
・人を待つ駅に立夏の風生まれ頬こそばゆく神は過ぎたり
・隠喩なら銀色の釘 ゆつくりと息を捨てつつ近づくピエタ
やや直接的にうたわれている作品も、引いておきたい。
・虫干しの喪服の紋の鶴が哭く密接不離に棺は並びて
作者はあとがきに当時の心情を、「心のカンバスは喪失という絵の具によって、あっという間に厚く塗りつぶされ」た、と吐露している。
そうだ、私達はこうして、日々人の死に際を目の当たりにしながら、あの時空を生き延びた。
・自死終へた人の生きざまちらつきて息をのむほど美しい月
・「ありがたう」日本で一番美しい言葉をあなたに言へてよかつた
喪われゆく命を見つめながらも、作者の領域の輪郭は、常にゆるぎなく保たれている。
短歌には、詠む者から負の感情を解き放つ力があると、以前から感じていた。それは、この度のような未曽有の危機にあってでさえ、損なわれることなく私どもを支え続けた幽かな、しかし確かな光であったろう。
闇の時間を、這うようにして乗り越えた者の一人として、歳月を経て回想とともに、また読み返したい歌集である。
『短歌研究年鑑2023』の「2023歌集歌書総覧」に、米国Shabda Press社から本年4月に発刊致しました「DISTANCE」をご掲載下さいました。
大変特殊な本ですが、お目にお止め下さいましたことに深く感謝致します。
ありがとうございました。
自身としては7冊目、Deborah P Kolodji 氏と編み出しました英語短歌と俳句の連作集で、私共で Tan-Ku と名付けました。
2019〜2022のパンデミック中に太平洋を隔てながらやりとりした内容から厳選し、一冊にまとめましたものを、新しい詩歌文学として、カリフォルニア州議会上院・下院から表彰され、本当に思いがけない喜びでした。
2023年歌集歌書総覧
一、2022年10月1日~2023年9月30日までに発行のものを対象にした。
二、記載内容の順序は、著者名、書名、版型、頁数、価格(税抜)、発行所。
過日、短歌研究社様よりご依頼賜りました自選五首をご掲載下さいました年鑑が届きました。
本当にありがとうございました。
これからも、世界に短歌の魂を伝え、精進して参りたく存じます。どうぞ宜しくお願いします致します。
うた新聞
風を抱くパラグライダーの陽の密度 人でありしを忘る暫く
上昇気流わづかに捉へ昇りけり雪晴れの気の渓まで透る
ダイヤモンドダストと大気に浮かびるつ 山祇様にまみえるところ
大天狗下る羽音が空を裂く白馬三山不帰の嶮
地表より解き放たるる心地よさ 生まれる前のいのちに戻る
短歌研究の『短歌研究年鑑2022』、総合年刊歌集「2022年の1万首」(2000歌人 X 5首)に掲載になりました。
大変有り難く光栄なことと受け止め、今後の作歌活動、表現活動の糧と致したく存じます。
・大好きな姉さま乗せて走り去るサイレン憎し土砂降りの夜
・天窓に銀砂となりてそそぐ月 主無き部屋ガランと広し
・幾晩を経しやわが身も熱を帯び震へ止まざる身をまるめゐつ
・時間とは如何なる流れ 懐かしき笑みをやうやくつくりし主
・このまんま命果てても構はない この手の内がわたくしの家
作品詳細は、ながらみ書房『短歌往来』2021年11月号にご依頼頂いた特集〈動物( ペット)を詠む〉より「わたくしの家 by the cat」中からの抜粋です。
文明の時間はるけしエジプトの栄華がかをるカイロの南 |
わが手もて上よりつつむ幼きの蛍をつつむ両のてのひら | 佐佐木幸綱『金色の獅子』 |
右の手と左の手かさねあはすれば女男〈めを〉のごとくに息づきあへり | 伊藤一彦『微笑の空』 |
握り開きみづからの手にうつとりと見入るわが子に近寄りがたし | 大口玲子『トリサンナイタ』 |
一首目、骨太な男歌の魅力で知られる作者であるが、この歌には弱き者への慈愛が満ちている。蛍を手にした喜びと小さな命の尊さを実感している子の、生そのものを包み込むあたたかい存在がそこにある。共に浮かぶのは『百年の船』冒頭の「てのひらのはるよわよわし 拾い来し雛の目白がふるえつづけて」である。
二首目、左右の手が互いに息づきあうととらえた視点にひかれる。もとより生き物は左右不対象であり、自分の一部であっても時に儘ならないものでもある。別々の性をもっているようだとしながらも、「男女」で はなく「女男」とし、俗的に流れず寧ろ宗教的とも思える奥深さを感じさせる点に注目したい。
三首目、わが子が幼かった頃、同じような気持ちを抱いた記憶が蘇る。育児に追われる日常の中、光る瞬間を捉えて巧みである。生を受けて間もない、まだ世の塵に汚されぬ存在への畏怖の念が、作者のキリスト教的な背景とも相俟て、清らかに詠われている。
<新作>
賜りしイースターエッグつつみをり磔刑のあとを知らぬてのひら
大き手のぬくみ懐かし とろとろと茶碗のうちにさがす乳の実
ひとしづくの雨に潤める運命を信じてもみむ 春のてのひら
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