歌人 北久保まりこ
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ミニエッセイ(心の花2013,11) 父に伝えたかったこと
父の記憶は私が八歳の春までで途切れる。
誰が悪いわけでもなく、物語が唐突に終わってしまうこともあるのだ。
お父様が居なくなっても大丈夫?うん、大丈夫よ・・・それが父との最後の会話ー。翌日、父の姿は本当に家から消えていた。まさか という驚きと後悔の念が押し寄せ、胸のなかで高波になった。今も小三の私は、あの縁側に立ったままだと感じるのは、紫陽花の咲く 父の日の頃。
後に孫の顔を見せたくて、母と共に父を探した。十五年前に亡くなっていたと知ったのは、随分と経ってからだ。
時間は止まったまま巻き戻せもしない。「ごめんなさい。あの時の応え、本当は嘘」実際に会うことができたら、そんな風に素直に話せ るかしら、などと仕様のないことを思ってしまうのは、決まってこんな猛暑の命日あたりだ。
この頃、ひょろりと背の高い息子の仕草が、父のそれに似て見える。
天国の父は私を許してくれたのだろうか。
水溜まりから雲がでてゆくやうにしてあの朝父はゐなくなりたり