歌人 北久保まりこ
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北海道新聞2005年5月7日 「物のある歌」筆者:故菱川善夫
故菱川先生(文芸評論家・元北海学園大学教授)と。ながらみ書房 パーティ会場にて。
おだやかに灰は降りつづく廃村に叫びのごときしづけさの照る <広川隆一写真展「チェルノブイリ・核の傷跡」によせて>の詞書があるように、「廃村」は、死の灰の降りつづくチェルノブイリ。その静寂を「叫びのごときしづけさ」ととらえた感覚が鋭い。悲鳴のこもった「しづけさ」は、言葉以上に人の心を撃つからだ。
セシウムやストロンチウムを含有せし乳房かなしもをさな児を抱く
大気中にたまった「セシウム」や「ストロンチウム」が灰とともに振りつづけ、体内で放射線を出して白血病の原因となるけれど、写真は、その危険な物質を「含有」した「乳房」をとらえているのだろう。「ガンユウ」という硬い言葉の響きが、引き返すことのできない運命の重さを感じさせる。こういう悲劇的な核の時代に生きているから、逆に神話的な世界のゆたかさを思わずにはいられない。
天空よりみずをみちびくindra(インドラ)の爪先はときにいなびかりする
「インドラ」は、インドのベーダ聖典に現れる雷霆神(らいていしん)。武勇の神として悪魔プリトラを退治し、人間界に水をもたらす神として知られている。稲妻を、そのインドラの「爪先」の光と見ているのだが、インドラのもたらす水は、はたして「廃村」にも生命を復活させることができるのだろうか。
「ウィルWILL」(二〇〇五年 角川書店)。一九五九年東京生まれ。東京都三鷹市在住。