歌人 北久保まりこ
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短歌研究(2015年4月号) 特集「てのひらの歌」・北久保まりこ(心の花)
わが手もて上よりつつむ幼きの蛍をつつむ両のてのひら | 佐佐木幸綱『金色の獅子』 |
右の手と左の手かさねあはすれば女男〈めを〉のごとくに息づきあへり | 伊藤一彦『微笑の空』 |
握り開きみづからの手にうつとりと見入るわが子に近寄りがたし | 大口玲子『トリサンナイタ』 |
一首目、骨太な男歌の魅力で知られる作者であるが、この歌には弱き者への慈愛が満ちている。蛍を手にした喜びと小さな命の尊さを実感している子の、生そのものを包み込むあたたかい存在がそこにある。共に浮かぶのは『百年の船』冒頭の「てのひらのはるよわよわし 拾い来し雛の目白がふるえつづけて」である。
二首目、左右の手が互いに息づきあうととらえた視点にひかれる。もとより生き物は左右不対象であり、自分の一部であっても時に儘ならないものでもある。別々の性をもっているようだとしながらも、「男女」で はなく「女男」とし、俗的に流れず寧ろ宗教的とも思える奥深さを感じさせる点に注目したい。
三首目、わが子が幼かった頃、同じような気持ちを抱いた記憶が蘇る。育児に追われる日常の中、光る瞬間を捉えて巧みである。生を受けて間もない、まだ世の塵に汚されぬ存在への畏怖の念が、作者のキリスト教的な背景とも相俟て、清らかに詠われている。
<新作>
賜りしイースターエッグつつみをり磔刑のあとを知らぬてのひら
大き手のぬくみ懐かし とろとろと茶碗のうちにさがす乳の実
ひとしづくの雨に潤める運命を信じてもみむ 春のてのひら