歌人 北久保まりこ
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ながらみ書房『短歌往来』2021年11月号 「わたくしの家 by the cat」
三毛ちやんと呼びし誰かに救はれぬ濁流に呑まれたりし夏の日
先代の爪研ぎし跡のあるあたり和室のすみに落ち着きにけり
相伴にあづかれる幸 マヨネーズちよいとかかりし鰹のタタキ
爪切りが苦手なれどもその後のおやつ乙なり煮干しがかをる
叱りつつ皆笑ひたり父さまのグランド・ピアノの部屋に眠れば
このところ頻繁に聞く獣の名 巨体なるらしキンキュージタイ
病院とおんなじ臭ひ 耳慣れぬ人声響く廊下を恐る
大好きな姉さま乗せて走り去るサイレン憎し土砂降りの夜
天窓に銀砂となりてそそぐ月 主無き部屋ガランと広し
幾晩を経しやわが身も熱を帯び震へ止まざる身をまるめゐつ
時間とは如何なる流れ 懐かしき笑みをやうやくつくりし主
このまんま命果てても構はない この手の内がわたくしの家
十九年前、わが家にやって来た鯖白の猫に、ポレポレと名付けた。スワヒリ語で〈 ゆっくり 〉という意味である。彼女は、私に抱かれていれば上機嫌だ。宅配業者のお姉さんにも人懐こく擦り寄り、「ワンちゃんみたいな猫ですね。」とウケが良い。
個性豊かなペットに、飼い主の私はどんな風に映っているのだろう。猫の目で見る小宇宙を覗くと、思った以上に面白く、不覚にもどっぷりと嵌ってしまった。これが、〔猫による短歌で綴る物語〕が生れた経緯である。
さっきまでソファで寝ていた話題の主が、欠伸をして膝に乗って来ようとしている。これからも、名前の通り急がずに、与えられた時間を健やかに生きてほしい。