歌人 北久保まりこ
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角川書店 短歌(2022年3月号) 書評が掲載されました
本日(2月25日)発売の角川書店『短歌』3月号にご依頼頂きました書評が掲載されました。
心より御礼申し上げます。
大津仁昭歌集 『天使の課題』書評
北久保まりこ
『天使の課題』は、二〇一八年春から二〇二一年春までの作品四百二首が収められた、大津仁昭の第八歌集である。
扉を開くと、現実の世界をはるかに超えた詩的な作品が、次々にあらわれた。
最終の輪廻の果てや初夏(はつなつ)の浜辺隣に誰の影ある
わが身にも未知の星雲渦巻きて夜ごと清(さや)かに流星放つ
筆者の意識は、いつしか滑らかな流体となり、幻想の宇宙へと引き込まれる。
陽光に家族並びぬ われ以外みな影もたず冥界も春
鏡から過去の人々あふれ来て冥界の裁きなどわれに告げにき
池の面(も)に蓮の枯葉が残りをり昔乗りしは胎児のわれか
輪廻の途上なのか、「家族」、「過去の人々」、「胎児のわれ」の輪郭は、みな朧げである。
読む程に、思考の大半は形而上学的な概念で占められてゆく。心情が波立つ一方で、半ばそれを楽しみ、侵蝕を許している自分がいた。
朝に無く夜(よ)にのみ見えし洋菓子屋 今も名のなき幼児のよすが
バスに乗り幼児の影が通ふ夜の池のほとりに光る病院
幾度か登場する「幼児」も、体温を感じさせぬ、霊の存在である。
星と夏互(かたみ)に言葉響きをり人語以外の祭さへ見き
漢文の返り点すべて消し去ればそのまま遠き砂漠の言語
異次元を、自在に行き来しつつ発せられる「言葉」や「言語」は、他ならぬ作者の声と重なる。
読む者への視線を感じさせる幾首かには、寺山の影響が垣間見えた。
硝子戸の外に眼窩の浮かぶ夜どんな供養をすべきだらうか
祭礼の見世物小屋は若葉陰 擬態の蛇はどこに潜むや
「反歌」で締め、あとがきに「この「物語」」と記されている。長編の詩のような旋律が、常に根底に流れていた由縁は、こうした意図からだと腑に落ちた。
作者と乗り合わせた、車輪の無い列車を下りると、太陽系第三惑星の北半球は春。
春さなか公転止めて星かをる千年前の風ももろとも
人類がおよそ男女に分かれける前の入江の夜静かなり
帯に込められた願い通り「萌芽」は外界へと旅立ち、別の大地に生きる者の心へ、確かに届くことだろう。