歌人 北久保まりこ
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2024年 いりの舎3月号 第144号 短歌トラベラー!
いりの舎『うた新聞』3月号、エッセイ「短歌トラベラー!」のご依頼を賜り、本日、掲載紙が届いてまいりました。
この度このご企画に参加させていただき、旅についてじっくり振り返るとても良い機会を頂けたことに、感謝しております。
どうもありがとうございました。
今後共、どうぞよろしくお願いいたします。
コロナ後の北欧
北久保まりこ
世界を旅し、和英朗読で短歌を紹介する活動は、突然のコロナ禍により中断を余儀無くされた。十五年目に入り好調の波に乗っていた時期である。生涯を懸けて、貫こうと決めていた仕事だった。しかし、再開の目処は立たず、ただこの地上に生き延びることだけを願って過ごした月日だった。今思うと、遥か昔の出来事のようである。当時は、過去に訪れた五大陸、五十三都市で世話になった文学者達を案じ、無事を祈らぬ日は無かった。
希望がもたらされたのは、スウェ―デンの詩人A・マリス氏から文芸祭に招かれた、二〇二二年の夏である。彼女とは以前英国の文学会議で会い、意気投合した仲だった。
これまで通り、BGM用のパーカッション七つと着物を携え、単身、国境を越えた。露宇情勢下、北極圏航路だった。
湿度が低く、爽やかな七月のストックホルム。雲を幾つか遊ばせた空は広く、小さな島々を抱くバルト海の群青が、歴史ある王国の品位を感じさせた。旅人らしく迷いながら歩いた、十七世紀のままの旧市街が忘れ難い。
中央駅で、ルーマニアからの参加者と落ち合い、一路開催地のトラノスへ。沿線の白樺の森が、南下する車窓を彩っていた。
滞在中一回の公演予定だったが、後日、欧州諸国から到着する聴衆の要望を汲み、再演が決まった。会場は、百人以上入るライヴハウス。久々の企画にかける主催者の意気込みが窺われた。こちらのパフォーマンスにも熱が入り、魂から魂へ、直に思いを伝える媒体となって演じた。ステージを終えると、客席のあちらこちらに涙を拭う姿が見られ、胸が熱くなった。そこには、未知のウイルスの脅威を潜り抜けた人々の、瑞々しく温かな、命のさざめきが満ちていた。
・宇宙から見えぬ地球の国ざかひ 神の視点はいづこにありや
去り際、橅の梢超しに仰いだ空は、子供の頃のように高かった。